人工股関節置換術
股関節はももの付け根にある関節で体を支える、歩く、座るなどの日常生活動作に大きな役割を持っています。股関節痛の原因となる疾患には寛骨臼形成不全、特発性大腿骨頭壊死症、股関節唇損傷、外傷(ケガ)などが挙げられます。これらの病気が徐々に進行し、関節の軟骨がすり減ってきた状態が変形性股関節症となります。
変形性股関節の病期が徐々に進んでくると立ち上がり動作時の痛み、歩行時の痛み、靴下を履く動作などの日常生活動作が制限されてきます。
変形性股関節症は例えると虫歯の親分です。虫歯は歯に穴が開き、そこで物を噛むと痛みます。治療は傷んだ歯を削って銀歯を詰めたり、被せたりします。変形性股関節は股関節を形成する寛骨臼と大腿骨頭の表面の軟骨がすり減っているので、傷んだ骨を削って金属でできた関節に置き換える手術が必要となります。
人工関節って?
人工関節にも多くの種類があり、骨セメントを使用するもの、セメント非使用のものがあります。寛骨臼側に設置するソケット、大腿骨側に設置するステムの素材は主に生体親和性の高いチタン合金が使用されており、金属アレルギーもごくわずかな頻度です。ライナーは摩耗に強い超高分子量ポリエチレン製で、ヘッドはセラミック製となっています。
院長が使用しているのは主に2機種です。いずれも骨セメントを使用しない自骨を温存する骨温存型ステムを使用し、大腿骨の骨質によって長いものか短いものを選択しています。
手術の方法は?
股関節の周りには多くの筋肉や腱があります。股関節の骨に到達するために、前方から、前側方から、側方から、後側方からと様々な進入法が用いられています。
院長が2009年から採用している進入法は前側方から侵入するOCM (Orthopädische Chirugie München )アプローチと呼ばれる方法です。OCMアプローチは中臀筋と大腿筋膜張筋の間から侵入することで筋肉を切らない最小侵襲手術 (MIS)のうちの一つの方法です。以前は後側方アプローチや側方アプローチで臀筋を裂くように進入していましたが、OCMアプローチで筋肉を切らなくなったことで術後の疼痛の訴えが軽減していると感じています。また、関節包をしっかりと修復することができるので術後の脱臼などの危険性を下げることができています。
手術は筋肉量によって8〜9cmの傷でおこない、手術時間は概ね90分弱で終了します。
手術が決まった後にはCTを撮影し、その画像を専用のパソコンに取り込み、個々の骨の形に合った設計図を作成し、精度の高い手術をこころがけています。
1枚目の写真はパソコンを使って作成した3Dの設計図の一部です。2枚目は感染予防のための防護服を着用して手術をおこなっているところ(写真右が院長)。3枚目は術後のレントゲン写真です。白く写っているのが金属でできた人工股関節です。
入院期間やリハビリテーションは?
医療保険制度の違いによるところが大きいようですが、驚くべくことにアメリカなどでは日帰り手術でおこなわれることもあるようです。国内でも知る限りでは4日間の入院でおこなわれる病院もあるようですが、個人的にそこまで慌てることはないと考えており、早い方で1週間ほど、多くの方は2〜3週間で退院されています。
リハビリテーションは手術翌日から開始します。目標として①車椅子に乗る ②歩行器を使って歩く ③寝た状態で足を持ち上げることができる ④T字杖を使って歩く ⑤階段の練習 ⑥独歩で歩く があり、階段昇降ができるようになったら退院です。
退院後は日常生活を送ることが最大のリハビリテーションとなりますが、それと並行して外来リハビリテーションをおこないます。
手術のタイミングは?
レントゲン写真などの画像所見で変形性股関節症を認めたからといって必ずしも手術は必要ではありません。
年齢など考慮しなければならない点は多々ありますが、最も重要なのは自分自身が感じる「痛み」です。股関節が痛くて日常生活を普通におくることが難しいと感じ始めた時が手術を決断するタイミングと考えています。レントゲン写真では変形性股関節症の末期を呈していても、痛みがないために経過観察をしている方もいれば、レントゲン写真では初期のものであっても痛みが強く人工股関節置換術を選択する方もいらっしゃいます。
下の1枚目の写真は寛骨臼形成不全による変形性股関節症の末期で右(写真の左側)の軟骨がすり減り、痛みによる日常生活の制限が大きくなり人工股関節置換術をおこないました。
2枚目の写真は特発性大腿骨頭壊死症で両側の大腿骨頭が圧潰してしまった方です。Stageは3aと一番ひどい状態ではありませんが、痛みが強く手術を希望され人工股関節置換術をおこないました。
3枚目の写真は大腿骨頭軟骨下脆弱性骨折で右の大腿骨頭が圧潰したことによる急激の痛みのため、人工股関節置換術をおこないました。
合併症は?
個人的には、人工股関節置換術は整形外科手術の中でも1、2を争うほど痛みを取る効果が高い手術と感じています。しかし、残念ながら100%安心な手術はありません。人工股関節置換術においても発生頻度は0.1~4%ほどですが、①細菌感染 ②脱臼 ③早期のゆるみ ④深部静脈血栓症や肺塞栓症 などが発生する危険性があります。
① 細菌による感染が発生してしまうと感染を治すためだけに複数回の手術を要することや、せっかく治すために入れた金属を一度抜去しなければならないこともあります。
②術後早期に無理な肢位をとることで人工関節が脱臼してしまうことがあります。正しい位置に戻すために麻酔をかけなければいけないこともあります。また、反復性脱臼といって何回も脱臼する場合には手術を行なって中の部品を交換することもあります。
③人工股関節の寿命は15〜20年、またそれ以上であると考えられていますが、意に反して数年でゆるみが発生することがあります。その際には再手術で中の部品を交換することもあります。
こういった合併症があることから人工股関節手術を受けられた患者様には定期的な受診をお願いし、レントゲン写真を撮影させていただいています。